Learning to Lead

Learning to Lead という院内勉強会に参加した。対象はFY1からコンサルタント直前のSTまで幅広い。結構刺激的な一日になったので、思ったことを記録しておきたい。

Being a compassionate leader in healthcare という最初の講義は当院CEO(元看護師、貧しい農家の家で育ち、「お前には何も残してやれないが、教育だけは好きなだけ受けさせてあげるから、自由にどこへでも行きなさい」と言われて育ったそう)の話から始まった。compassionとは何か、という質問に続き、compassionにひろく括られる概念をさらって、self-careができていないと他人にも優しくできないこと、相手の視点に立って考えることの重要性、などを話していた。NHSではこの、「自分が充足していないと他人にも優しくできない」「ケアの仕事で大切なのはまずは自分のケア」というのが徹底して話されているように思う(前の病院のひどいA&Eでもこの概念自体は大事にされていた。実践できるような環境があるかどうかは別だが…)。

次はThe importance of doctors being good leadersというタイトルの講義で、audit/QIP関係の話が主だった。当院の術後死亡率は他院と比べてかなり良いようで、それがaudit/QIPの成果であること、いいリーダーはoutcomeの改善を目指さなくてはならないことなどを話していた。この話をした外科医は、日本に臨床留学した時の写真を映し出して、「病院がとてもorganiseされていた。日本にいた間に、(特定の疾患の手術について)英国で手術した以上の症例を担当した。これが私のキャリアで起こった一番良かったことの一つ」と話していて、日本で良い思いをしたようで良かったなあと思った。

Kindness and civility in the workplaceという講義も結構面白かった。職場での無礼さの裏には、仕事の重圧、個人的要因、サポート不足、個人的な関係がないこと、ヒエラルキー、文化、などの要因があるようで、特に循環器内科、放射線科、および外科の医師が無礼だと悪名高いそうだ。無礼さとパフォーマンスとの関係についてはいくつか研究があるらしい:

外科医が失礼だと、麻酔科医のパフォーマンスが下がる
新生児科では、無礼な人がチームにいると処置能力も診断能力も下がる

無礼さはinformation sharingとhelp-seekingを妨げる力があるようで、それがperformanceのoutcomeにつながっているらしい。

心理的な安全を担保するためには以下のことが推奨されていた:

  • Clear norms and expectations
  • Encouraging open communication and actively listening
  • Making team members feel supported
  • Showing appreciation and humility when people speak up
  • Make it clear why people’s input matters
  • Admit your own fallibility & normalise vulnerability
  • Explicitly invite input
  • Replace judgement with curiosity

そして無礼さを解消するには以下が推奨らしい:

  1. Check in and heads up
    • I think the conversation could have gone better. Could we talk about it?
  2. Maybe give a let out/soften the blow
    • I appreciate that you are busy, but…
    • I appreciate that was frustrating, but…
  3. Rudeness being in the eye of the beholder
    • … you come across as rude
    • … my colleague was upset / felt humiliated
  4. Highlight mutual gain from behaving differently
    • We all want the best outcome for patients, so…

かなり実践的な提案だなと思った。最初のCompassionの講義で、相手の立場に立ってみて… みたいな話があったのだが、無礼さに関しては相手に譲歩しすぎるとキリがないので、ある時点であらゆる疑念を捨てて(文化の違い?私がそう感じるだけ?忙しいから仕方ないのかも?私の頼み方が悪かったかな?)「無礼なやつだな!」「こんな無礼な態度はどんな理由があっても許されないぞ!」と思いきる勇気(それにactionを起こすかは別)が必要だと最初の勤務先のA&Eローテ以来思っていたのだが(そうしないと精神がもたない)、この講義で無礼さに立ち向かう武器を与えてもらった。

当院は無礼な人がほとんどいない。もしかしたらこういう無礼さがパフォーマンスを下げる話が定期的に院内勉強会などで話されていてみんな無礼さに意識的なのかもしれないなと思った。

GPの話は、いかにGPがflexibleな仕事かという話に焦点があった。GPパートナーになると、例えば1ヶ月働いて、次の2ヶ月を休むというようなこともできるようだ。もちろんパートナーでなくてもGPならパートタイム勤務で週3だけ働く、というような生活もできる。Continuity of Careの話もしていたが、ちょっと個人的にはそれは言い過ぎなんじゃないかと思っている(昨今のGP surgeryやNHSの状況を鑑みて)…。

ガストロコンサルタントの話は対照的に、臨床やアカデミックな話ばかりで私生活の話が一切出なくて、お昼休みに他の参加者たちと「あれはジェンダーと年齢(GPは中年女性、ガストロのコンサルタントは高齢男性)のせいなのか、はたまたガストロが余暇の楽しみを許さない科なのか」という議論で盛り上がった。

現在イギリスでの医師の定年は67歳で、医学部からストレートでコンサルタントになると30年は同じ仕事をすることになるので、キャリア選択で大切なのはfulfillmentである、とガストロコンサルタントは持論を述べ、fulfillmentをもたらす要因として以下を挙げていた:personal, variety, challenge, freedom, progress, colleagues.

ガストロコンサルタントが「varietyが嫌いな人、いる?」と聞いた時に、次の講義をするカリスマ的女性外科医(今は乳腺外科のみ)がピッと手を挙げていて笑ってしまった。

How to get the right balance at work という講義では、当院初だという女性外科医がワークライフバランスについて話していた。いかにもボスという感じ(いい意味で)で堂々とした貫禄ある外科医で彼女の話は大好評だった。ワークライフバランスというものは存在しない!からはじまり、いかにして仕事(家庭の、職場の)に優先順位をつけるかについて話していた。彼女は、庭師、掃除人、洗濯物を洗ってアイロンをする人、私費で秘書などを雇っているらしく、できるだけ仕事は他人に振ること(“Until it hurts”) と言っていた。仕事はいつでもあるが家族はいつでもそこにいるわけではない、というのを肝に銘じて、仕事中毒の彼女は仕事をセーブしているらしい。「お金のことは夫、誕生日プレゼントを選ぶのは自分」という家庭内のdivision of labourがあるのだとも言っていた(ちなみに夫は非医療系らしい。イギリスでは医師以外、そもそも医療系でもない人と結婚している女性医師が結構いる。私の同僚のGP traineeは大工さんとずっと付き合っていて、最近婚約した)。

休暇を楽しむことの重要性も強調していて、「と言っても私は10日以上の休暇は取らないし、その間も最低1回はホテルでメールをチェックする」と言っていたが、休暇がバーンアウトを防ぐ上で非常に重要であることをこの外科医以前にも複数のレクチャラーが話しており、イギリスでは医療職における休暇の重要性がよく認識されているのはいいことだなと思った。どうもパンデミック以降のトレンドらしい。

仕事も私生活もあらゆることをひとつのカレンダーにまとめるのは忙しい人なら誰でもやっていると思う。コンサルタントが彼女のカレンダーの一部を見せてくれたが確かにものすごいイベントの数だった。「メールの返信をする時間」や「何の予定も入れない時間」も必ずカレンダーにその旨記録しておくも言っていた。

私は現在緩和ケア科医志望なのだが、自己不信に加えて他の科目の方がいいんじゃないかという迷いの気持ちもあった(「IMGの私でも、コミュニケーションの果たす役割が大きい緩和ケア科でやっていけるだろうか?IMGの緩和ケア医なんて見たことない。患者さんの最期をダメにしてしまわないだろうか?」「緩和ケアは稼げないから腫瘍内科にしろって言われたことがあるけれど、やっぱり腫瘍内科にした方がいいだろうか?腫瘍内科だと医学の部分が大きいから、多少英語がだめでも患者さんに頼りにしてもらえるだろうし…稼げるし…」)。でもこのガストロコンサルタントの話と外科医の話を聞いて、やっぱり私が興味とやりがいと個人的な意味を強く感じるのは緩和ケア科だし、給料は生きていけるくらいはもらえるのだから、これでいいのだと思えて、よかった。

Inspiring othersという講義では、motivationとinspirationの違いなどについて言及していた。

Breakout sessionでは、ジュニアレベル向けの医師には以下の4つのミニレクチャーが開かれた:1海外で働くこと、2PhD、3SAS、4ティーチングのJDFの仕事について。

海外で働くこと」では、イギリスの医師が海外に行くタイミングが3つあると言っていた。(A)初期研修と中期研修の間、(B)中期研修と後期研修の間、(C)後期研修とコンサルタントの間、である。彼女自身は、(A)のタイミングでマダガスカルに行きDiving Medicineというのをやったのに続いて南アフリカの救急科で働いたらしい。(B)のタイミングではナイジェリアにMSFでボランティアに行ったと言っていたような気がする。南アフリカは書類準備が大変だったけれど、イギリスでは見かけないようなかなり進行したAIDSの人やイギリスでは珍しい感染症なんかの症例をたくさん診られて勉強になったと言っていた。マダガスカルのDiving medicineは、その予定はなかったが南アフリカ行きの書類準備にだいぶ手間取ったためつなぎとして参加したらしい。いくつかおすすめされたウェブサイトを教えてくれて、あとでメーリングリストで送ると言われたので、またメールが届いたら興味のある人向けにここに載せるつもりだが、Expedition Medicineで推奨されているリンクと大体同じだと思う。

イギリスの医師免許で働ける国としては、ニュージランド、オーストラリアがあるが、これらはイギリスの医師の労働環境が悪化する前から1-3年過ごす先として人気だったようだ。シニアレベルで、NZ・AUSで過ごした人が結構いていつも驚く(もちろんイギリスに帰ってこないでそのままNZ・AUSに居着いてしまった「かつての同期」の話もたくさん聞く)。

私は学生の頃は「どこでもいいから海外に行きたい」と思っていて、全ての計画がダメだったら日本で専門医を取った後にMSFで海外勤務をする、と決めていた。今はイギリスでキャリアを確立することが最優先事項なので、海外に行くつもりはないが、もし私がイギリスで医学生だったら、FY2を終えたタイミングでいろんな国を見に行っただろうなあと思って、こちらの学生が少しだけうらやましい。(ちなみに日本国籍の人がイギリスで勤務した後に数ヶ月〜年単位でイギリスを離れる場合にはビザの問題があるので、イギリスに来てからさらに海外へ行きたい場合にはその辺もよく考える必要がある。たとえ素晴らしいチャンスが巡ってきても私は永住権を取れるまでは日本を含めた海外で働くつもりはない。)

イギリスではここ1ー2年で医師の就活状況がガラッと変わってしまって、FY3はもはや自由を謳歌するFY3ではなくて(翌年研修に乗るために)ポートフォリオのためのQIPや研究に追われるFY3になってしまった、と言っている人をredditでみた。残念ながらそれはそうで、多分5年前の若手研修医が人生を楽しんでいたほど現在の研修医は人生を楽しむ余裕はないのだが、それでも、外国に行くこと、休暇や趣味・家族や友人が大切なことを説く人がこういうキャリアセミナーではイギリスでは一般的だし、私の限られた医師生活でも「今年の夏からオーストラリアに行く」というような若手医師と定期的に接触する機会があるし、雇用主や上司もそれを積極的に勧めてくるのは、イギリスのいいところだなと思う。自分は社会の歯車ではなくて、自分の人生を送っていいのだ、それは自己中心的なことではなくとても自然なことなのだなと思える。

使命感を持って身を粉にして働くのは素晴らしいことなのだが、やっぱりそれには向き不向きと限界がある。私が自分の良い意志を最大限に発揮できる環境は、きちんと仕事から離れる時間・考える時間がある環境だと思っているので、その点でそれが当然視されているイギリスに来たのはいい選択だったと思う。

Author: しら雲

An expert of the apricot grove

Leave a comment