境界性人格障害が抑うつの鑑別診断

イギリスでは毎週1時間のレクチャーがprotected timeとして研修医に義務化されていて、どれだけ病棟が忙しくてもこれには参加しなければならない。

先日は精神科医からのうつ病と処方に関するレクチャーで、「うつ病と不安障害〜薬を処方する前にABCDを考慮せよ」というタイトルだった。

AはAlcohol、BはBipolar Disorderかと思いきやBorderline Personality Disorder (BPD ー 双極性障害と同じ略称)、CはChange (Adjustment Disorder)、Dは (illicit) Drugsのことだった。以下、感想と勉強になった話を書く。

A

気分の落ち込みにアルコールが関係している場合は、アルコールは抗うつ剤よりも精神への働きかけが強いので、抗うつ剤のことは忘れて断酒を勧めるのが良いらしい。GPは、州のサポート団体やアルコールアノニマスにレファラルをしたり、患者さんと相談して「この1週間はワインボトルから1グラス分だけ捨てて飲む。来週は2グラス分捨てて飲む。」というように減酒を「処方」したりするそう(断酒の方が減酒より簡単だが)。あまりに酷いと専門病院でデトックスもする。

B

働きだしてから、既往に境界性人格障害と診断されている人が結構いて、びっくりする。名前が侮辱的だということで、emotionally unstable personality disorder (EUPD) という別名もあり、こちらの名前でGPに登録されている人もいる。日本でもきっと診断された人を診察したことがあったはずなのだが、日常診療では多分一度も見かけなかった(内科や救急を受診している時に、既往を問われて人格障害を告げる人はいないような気がする、病気じゃないし)。GPがたくさんの情報を握っていて、救急外来受診時にその記録が参照される国、というのがこれに関係しているのだろうか。それとも英国では人格障害の診断が日本より積極的になされるのだろうか(診断がつくとサポートグループにアクセスできるので)。

BPDはmood swing (depressed, anxious, irritable) がなんと数時間から2週間にわたって起こるようで、これを抑うつと誤診しないようにと釘を刺された。他の見落とさないポイントは、sudden and intense feelings of anger – difficult to control, long-term feelings of emptiness/loneliness, develops paranoia or dissociation in stressful situations, comes from poor attachment あたりで、これを疑ったら、抗うつ剤を処方してはいけないし、双極性障害と誤診してはいけないし、放置してはいけないし、カウンセラーにリファラルをかいてはいけない(!)らしい。個人的にはカウンセラーのことを薬物療法がメインでない精神科領域の問題にはなんでも対応できる魔法の存在のように思っていたので驚いた。

では何をするかだが、GPとしてBPDを疑う場合には診断のために精神科医にレファラルを書いたり、患者さんにcomplex needs service にself-refer を勧めたり、教育したりするのが大事らしい。NHSのウェブサイトも参考になる。コツは“sing from the same hymn sheet”だそう。

GPになったらこういう知識はあっても日本では馴染みのなかった疾患(?) も診て鑑別にあげないといけないのか大変だなと思った。BPDの診断に自信がないのでGPが診断するのでなくてほっとしたのだが、それならなぜこんな話を精神科志望者がほとんどいないランチタイムのレクチャーでやるのかと思ったら、informed referralの方がいいに決まっているから、と精神科医は言っていた。「『お腹っぽいのでよろしく』って外科にレファラルしないでしょ?」

C

適応障害の人は変化を好まず前に進みたくないので状況をフリーズさせるのだそう。フリーズの仕方で最もコモンなのは飲酒と聞いた。

私はイギリスでの勤務開始当初の1ヶ月は、飲酒は良くないなあと思いながらほぼ毎晩コーピングのために晩酌していて(といってもビール1本、ジントニック1杯など少量だけど)、仕事に慣れるにつれて自然に飲酒量が減って、今はまた外での機会飲酒だけに戻った。私も最初の頃は適応障害かその傾向があったのかもしれない。

これも薬は効かないのでカウンセリングに送るのがいいらしい。

D

イギリスはDrugの問題が本当に多い。精神科医は「われわれ医師は患者さんに根掘り葉掘り、同居人やら便通やら性交渉の有無やら聞けるんだから、Drugのことも単刀直入にはっきり聞きなさいね」と言っていた。

Author: しら雲

An expert of the apricot grove

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