イギリスの研修医 回診の心得

イギリスでは研修医が必要不可欠なので、勤務当日の朝になって突然人手不足の科に派遣されることがあることは何度かブログで触れたと思う。病欠や年休、Study Leaveなどの影響で人員配置はどうしても計画通りにはいかないようだ。仮に運よく派遣されないとしても、コンサルタントによって回診のスタイルがまちまちなのだが、大体以下のパターンがあると知っておくと安心かもしれない。

このブログを読んでくれているイギリスで働きたい人が働く病院では紙カルテのような時代遅れのものは使っていないことを願うが、そういう病院に勤務が決まった時にはぜひ参考にしてほしい。

0 そもそも回診準備とは

コンサルタントに患者さんのバックグラウンドや入院理由、治療中の疾患、検査結果、当日のバイタルサインなどを伝える仕事だ。

現在の治療経過はもちろん、治療中の疾患に関連する既往や、ご高齢の方なら普段の生活状況などを把握しておく必要がある。その辺は日本と同じだと思うが、イギリスの難しいところは、日本と違って「担当性」ではないので、あったこともない・これまでに一度も治療に関わっていない患者さんについての情報を朝の限られた時間でカルテから読み取ってコンサルタントにプレゼンテーションをするところだ(早めに出勤して準備するのは燃え尽きにつながるのでやめた方がいいとされている・他の研修医との兼ね合いもあるので絶対に自分の希望する病室を担当できるとは限らない)。

例えば当院の場合は、朝の短い時間で、 Clnical Vitals (バイタルサイン)、ICE(採血結果)、InSight(画像)、EVOLVE(GPとの手紙や心エコー・呼吸機能検査結果など)、ドラッグチャート(物理的な冊子;どこにあるかわからないことが多いので見つけるのに苦労する)、必要があれば紙の看護記録にある体重変化やIn/Outを確認しておいて、必要があればコンサルタントにすぐ見せられるようにしておかなければならない。

1 すぐに回診開始型

午後一番に外せない用事があるとかで、9時に病棟に来るなり有無を言わさず回診を始めるコンサルタントがいる。

こういう時は大抵、研修医全員が回診に駆り出されるので、バイタルサイン読み上げ担当、ICE・InSight・Evolve担当、筆記担当、ドラッグチャート担当、というように複数人で役割を分担して1枚のカルテを完成させ回診をサポートしてコンサルタントの要求に応える。

別に午後一の用事はないけれどGrand Roundが好きで教育目的にこの回診をする医師もいる(その場合は疾患や背景の生理学について研修医に矢継ぎ早に質問を浴びせる)。

ばたばたするものの準備の責任は自分一人に降りかかってこない。

2 新規入院・重症者から診る型

このタイプだと、安定した患者さんの準備をする研修医はたっぷり時間があるのだが、新規入院や急変した人を担当する研修医はとにかく時間がない。

コンサルタントと一緒に画面上でバイタルや採血結果を確認して、それらを紙に転記する時間もなくそのまま患者さんを診察、ということが多い。新しい人や急変した人は、これまでのバイタルサインの経過が見たいと言われることもあって、せっかく転記した紙が手元にあっても、画面上で確認させろと言われることがある。

なので、今日はこのタイプだと判断したら、転記に拘らずとにかく画面上で色々確認できるようにすることが最優先だ。しつこいようだが、イギリスのカルテは複数アプリで運用されており、毎回患者さんのIDを打ち込むような作業があるので、「色々確認できるようにしておく」とは、全てのアプリでその患者さんの情報が開かれているような状態にしておくことを指している。

3 Bay1から順に診る型

1研修医1-2病室を担当するやり方で、準備中は穏やかに時間が流れる。安定した人が多いBayだと準備も早いので、転記が3/4または4/4全て終わったというような病室から順に研修医1人とコンサルタントの2人で回診していく。

私はいつも、まず紙の左上に病室とベッド番号(1-1,1-2,1-3,1-4など)を書き、一番上列の日付、病棟名、コンサルタント名を全ての紙に記載したのち、続いてバイタルサインを記載する。バイタルサインのアプリが重いことがあるので、アプリの反応を待ちつつ紙のカルテをめくってバーコードを貼り付けたり入院理由や治療中の病名を一日前のカルテから書き写したりする。これを4人に繰り返して、それが終わると今度は採血のアプリを開いて、その日の検査オーダー一覧を確認する。

日本では、例えばFBC, LFTs, U&Eをオーダーした場合には、FBCの結果がいち早く帰着したとしてもLFTsとU&Eも検査中であることを示すために***と記載されていたような気がするのだが、当院のアプリはボロなのでFBCがいち早く帰着した場合にはFBCしか表示されない。なので、貧血パネルなどちょっといつもと違う項目をリクエストした日には見逃す恐れがあるので、朝のうちに何が帰ってくる予定なのか確認しておくのが結構大事だ。ちなみに何がどうなればこんなことになるのか理解できないが、朝9時に検査室に届いた採血結果が夕方4時に明らかになるということも時々あって、採血のリクエストは早朝にしておくのに越したことはないが、早朝にリクエストしたにもかかわらず結果が届かないこともそれなりの頻度であるので、こういう時には Chase today’s bloods という結果が帰着したか何度も確認する作業が待っている。うんざりしたときは検査室に電話すると大体の予想結果帰着時刻を教えてくれることがある。

勤務し始めた頃は違いがわからなかったのだが、Bloods today は「これからあなたがオーダーしてください」という意味で使われることが多く、一方で Chase today’s bloodsは既にオーダー済みの採血結果を確認しろ(仕事としては確認するだけ)という意味で使われる。バリエーションは、CXR today、Chase ECHO(エコーは英国では心エコーを指すようだ)、Chase CT CAP (=CT Chest, Abdo, & Pelvis)、Chase neuro r/v (r/v = review) など。

ちなみにいつかの記事に書いたので蛇足かもしれないが、英語で話している時はオーダーしましたではなくリクエストしましたという言い方が丁寧で良い。

4 自分で回診・報告型

自分一人で回診して、何か異変・治療方針に変更したいことがあればコンサルタントに話すタイプもある。これも自分のペースで記録作成ができてストレスが少ないし、患者さんともお話しできるので、自分が秘書ではなく研修医であることを思い出すタイプの回診だ。

タイプ2とタイプ4は同時に起こることもある。タイプ2や何かの手技や家族への病状説明に時間がかかっている時は、安定した人は主に研修医だけで診ることが多い。

5 コンサルタントが全員把握型

私が派遣された2科ではコンサルタントがいつもの科ほどは頻繁に変わらないようで、コンサルタントが患者さん全員を既に把握していた。その場合は、入院理由や既往歴の箇所はそんなに重要ではないので、とにかくバイタルや検査結果を埋めるのが最重要である。

またコンサルタントの多くは、当日に採血をしていなくても一番新しい結果を日付とともに記載するように、と希望することが多いのも知っておくと良いかもしれない(カルテをめくれば昨日の採血結果は書いてあるのに、なぜ研修医の手間をまたひとつ増やすのか、と思ってしまうけれど…)

6 回診が終わったら

1の時は一枚の大きな紙に全ての仕事を書いてみんなで潰していく。2-5の場合には、自分の担当病室のことだけわかっていれば良いので、私たちの病棟では、自分の患者さんリストに自分用の仕事リストを書く。あまりに仕事量に偏りがある時は、早く終わった研修医が他の研修医の仕事を手伝う。

私が主に勤務している病棟では前任者からの送りで3種類の記号を使い分けている:

左は未完タスク、真ん中は「リクエストした」「レファラルした」など自分からアクションを起こしたが結果が未着のもの、右は完了したタスクだ。そういえば全員で1枚の紙の仕事を分担する時は□に斜め線1本だけ引くことがあり、これは「取り掛かっている」を意味する。

優先順位の高い仕事から順にこなしていく。基本的には、当日の検査オーダーやどうしても同日に診て欲しい他科コンサルトが最優先だが、退院時間が差し迫っている・新しい患者さんがすぐにその部屋に入室するというような場合には、TTOという退院時のGP宛手紙が優先度の上位に食い込んでくる。処方は回診中にその場でしてしまうことが多いが、何らかの事情でできなかった場合にはこれも場合によっては優先度が高いかもしれない。その辺は自分で考える必要がある。

仕事中に調べ物をする時間はほとんどないことが多いので、疑問点や新しく学んだ英単語は患者さんリストの下端に箇条書きしておいて、退勤前にそれをiPhoneのリストや後述のエクセルに転記するなどして、仕事外の時間やたまに余裕がある日にそれを一つ一つ潰していくようにしている。

6 ハンドオーバーシート

1日の終わりにはハンドオーバーシート(患者さんリスト)を更新することも大事だ。病棟によってスタイルは異なるようだが、私が主に勤務している病棟では、日付をかいてその下に箇条書きでその日に起こった主なイベント・チェイスすべきオーダー項目を書いている。 私の病棟ではTTO ✅ など絵文字を使っているのだが(時々常識の範囲内でどうでもいい絵文字がついていたりして可愛い)、他の病棟では[] [\] [X] と上に示した図の記号版を使っているところもある。初めは[/] [X]の違いは打ち込んだ人の個人的な好みの違いと思っていたのだが、実は chaseあるいは ongoing と completed という違いが込めてあることがあるので、一応心に留めておくといいと思う。

7 エクセルファイル

参考になるレファレンスの書き方、カルテの書き方、新しく覚えた英単語や言い回し、よく綴りを間違える薬の名前、医学用語、病棟のカルテ庫のロック番号、よく使う電話番号、Takeで一緒になった同僚やレジストラやコンサルタントの名前などを、Takeで診たその後が知りたい患者さんリストと一緒にエクセルファイルに記録している。

初めはワードファイルで、TTO用、他科コンサルト用、新規単語用、などと分けて作っていたのだが、全部一つのエクセルファイルにまとめておくとタブの切り替えだけで必要な情報に素早くたどり着けて便利なので、全てエクセルで管理するのに落ち着いた。

8 おまけ

イギリスの電子カルテの悪口ばかり言っているが言葉ではどれくらいひどいか伝わってないかもしれないので、インターネットで見つけた当院の採血オーダー・確認アプリを日本の皆さんにぜひみてほしい(検索結果を見るとどうもいろんなトラストで使われているようなのでイギリスで働きたい人はこれを使う可能性が大いにある):

まずこの画面にたどり着くまでに小さな窓に患者さんリストに記載の8桁の院内番号または12桁のNHS番号を打ち込む(院内マップのような素晴らしいものはない)。このサンプル画面では何故かRoutine Chem/HaemとMicrobiologyしかないが、実際は15個くらいある水平タブと10個くらいある垂直タブから適切なものを選択しなければならない。困ったらSearchを使うのだが、例えば痰培養はSputum Cultureでは出てこず、LRTC(Lower Respiratory Tract Culture)を入力・選択しなければならないなど、検索以前に知っておかなければならない情報が時々ある。

8個以上選択するとそれ以上選択できないと言われてしまうので、検査したい項目が膨大な時は複数回に分けてオーダーしなくてはならない。

Continue with Requestを押すとこの画面に進む。毎回毎回、Bleep number(病棟の内線番号を書く)とConsultantの名前を打ち込まなければならないし、採血理由を書かなければならない。放射線検査と違って採血では理由がダメで採血してもらえないということはないようなのだが、それでもまあ面倒くさい。この画面に辿り着いた時点で「あ!あれを加えるの忘れた!」と思って前の場所に戻ると今までクリックしたものが消えるので全て最初からやり直しである。最後に、PriorityをUrgentにして、Collect Nowまたは未来の日付・時間を選択して、Accept Requestボタンを押せば終了と思いきや、そこからさらに3-4つくらいpop-up windowsが出現していちいちYes/Noをクリックしなければならない。

もう慣れたけれど、初めの頃は、なぜ依頼ボタンの名前が Accept Requestなのかとか(「Acceptするのは検査室の人ではないのか?」)、NormalとPriorityで何か違いがあるのかとか、色々直感的でないところにやや困惑した。

オーダーはこの画面で確認する。Sample Collectionはオーダー時に打ち込んだ時間を表示しているに過ぎないので、時に当日の日付で翌日の採血をオーダーしている研修医がいてあんまり参考にならなかったりする(その場合、本来ならSample Collectionが翌日の日付のはずなのに当日の日付になっている。実際に採血がいつ行われるかはプリントアウトされた用紙の採血予定日に手書きする日付次第)。StatusのSPCはSpecimen Collectedの略らしいが、実際のところはただ「依頼用紙が印刷された」を指すに過ぎない。REC (=received) とかVET (=vetted – 画像検査が予定されている、という意味)とか他にも色々ある。もう遠い記憶になっているのでやや脚色があるかもしれないが、日本のカルテの方が断然よかった気がする。

「継時的に確認」画面の採血結果はABC順に表示されるのでFBCで最初にくるのは Basophilsである。Basophilsが一番に気になる医師がどこかにいるだろうか。おそらくこれが理由で、コンサルタントは「継時的に確認」よりもその日の結果だけが見られる画面を好む人が多い(その日の結果だけが見られる画面だとHb,WBC,Pltが一番上にくる)。結果を紙に記載する我々は、直近の採血とその1つ前の採血が気になるのだが、どちらの画面にせよ継時的な変化を確認するのはたくさんのクリックまたは目をさらにしてペンなどで数値と名前を照らし合わせることを要する面倒くさい作業だ。

ともあれ備えあれば憂なし、このブログを読んでくれている人はイギリスに来ても「ブログでみたあれだな」と動揺しないで楽しめると思う。

21/3/24追記:バースのRoyal United Hospitalではこの病院とは比べ物にならないほどITが整備されているので、検査結果は基本的にほぼ全てPower Chartで確認することができる。ITがだめだとかなりストレスなので、就活の時はその辺も一応少し気にしておくと良い。

Author: しら雲

An expert of the apricot grove

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