最近の移民政策・ストライキの動向(17ヶ月目)

移民に厳しくなる英国

不法移民をルワンダに送るという国際法違反の驚きの政策を発表してから数ヶ月、ついに政府は合法移民の縮小にも乗り出した。

今月初めに、来年施行される移民法の概要が明らかになった。主な変更は以下の通り:

  • Skilled Worker Visa (Tier2) 申請の最低賃金基準が£38700に上昇
  • 外国人配偶者を英国へ連れてくるには英国在住側のパートナーが単独で£38700の収入を証明しなくてはならない
  • 人手不足の分野リストを撤回
  • ケアワーカーは家族を帯同することができない
  • 学生ビザを一部の大学を優先的に発行
  • 学生の家族帯同に関する制限
  • 医師と看護師は上記ルール変更から除外(家族も帯同できるし給与が基準以下でもビザ申請可)

この£38700というのはイギリス全体の平均年収よりも高く、人口の73%がこの収入に到達しないようだ。ロンドン近郊以外の地域(特に北部イングランド)と若者が特にこの法改正の影響を受けることが指摘されている。新たなルールが施行されると、これから来たい人はもちろんのこと、既に英国在住で家族で生活しているような人でも永住権がなければ次のビザ更新時に国外退去を迫られることになる。ある程度収入がなければ外国人を好きになることもできない時代が到来する。

また個人的に気になっているのは、日英同性カップルが今後置かれうる状況だ。同性カップルの場合は、日本が同性婚を認めておらず配偶者ビザを英国側のパートナーに発給しない関係で、これまで英国に住むしか選択肢がなかったと思うが、今回の法改正でこの選択肢すらも奪われてしまう。

ポスドクの給与も£38700に届かないが、今後UKRIや各大学は移民法改正に合わせてポスドクへの給与を増やすのだろうか?

医師の職種に限っていうと、この変更で個々人が不利益を被ることは特にない。FY1,FY2(医師2年目まで)はこの給与に届かないものの、3年目以降のポジションで渡英する場合にはこの給与より高いし、そもそも医師は給与に関係なくビザが発給されるし従来通り家族も帯同できる。しかしながらこの移民への対応を見ていると、明日は我が身と身につまされる思いで、自らの立場の不安定さを再認識した。

そもそもBrexitを国民が支持した理由の一つに移民の増加が挙げられていたのに、現状英国への移民は過去最高を記録しており(また帯同する配偶者が家庭外で労働していないにも関わらず公共の福利厚生は利用する)そのせいで公共サービスが逼迫している・Housing crisisが起きている、というのが今回の法改正を促進しているようだ。労働党ですら移民が多いと言っているので、まあ本当に国が回らないくらい多いのだとは思うが、NHSの状況も悪化の一途をたどり、移民はかつてない水準まで増え、Brexitの口実としていた事柄をひとつも実現できていないToryの体たらくには呆れてしまう。まったく何のためのBrexitだったんだ。今すぐにでもEUに再加盟してほしい(とはいえフランスも最近イギリスに負けない反移民政策を発表したしオランダもイタリアも極右政府なので今後世界はどんどん内向きになっていきEUみたいな概念は廃れていくのかもしれない)。

ダークユーモアだが気に入っている

競争が激化する医師の研修

IMT(内科基礎研修)応募者が去年より43%増加し今年は倍率が4:1、つまり1つのポストに4人が応募する状況となっている。例年はどれだけ応募書類のポイントが低くても面接で挽回可能だったそうなのだが、今年はポイントが低すぎる人は足切りに合ってしまい、大きな不満の声が上がっている。英国医学部卒の医師たちの中には、自国でトレーニングに就けないのはおかしい、自国民を優先しないのは世界で英国だけだ、IMGsを規制すべきだ、との声もあり、そのうちIMGsも平等に選考する英国の制度が変わってしまうかもしれない。

医師不足が言われて久しいが、IMGsも含めると英国にはたくさんのmiddle-gradeの医師(将来のコンサルタント・GP)がいるので、実際の問題は医師の数ではなくトレーニングポスト数のようだ。十分なトレーニングポストさえ用意すれば毎年より多くの専門医を輩出できるのにもかかわらず、現在国は予算をPhysicians Associates 育成に割いており近々医師のトレーニングポストが増えそうな様子はない。

トレーニングポストから漏れた医師は外国へ行く選択肢のほか、現在私が就いているようなnon-training jobをしたり定職につかずバイト(locum)で生活したりするのだが、今後そういう人たちが増える中で後述のPAがポストを奪ってゆくので行き場のない医師も増えるかもしれない。

Physicians Associates(PA)/ Anaesthesia Associates (AA)

度々ブログに出てくるPAだがこの頃は医師たちとのオンラインでの対立が激化している。PAは元々はPhysician’s Assistantsと呼ばれていた業種で、理系学部を出た後に2年のPA修士を卒業すると資格が得られる(無資格でPAとして働くこともできるようだが基本的には修士課程を卒業しなければならない)。理系学部はなんでもいいので、たとえば植物の研究をする学部にいたような人だと医療系の勉強は2年だけということになる。AAはそれの麻酔科に特化した業種の人だちだと思ってほしい。

国の政策で現在PAやAAが大幅に増えている。ACP(Advanced Care Practitioner – 看護師出身で更なる教育を受けた人たち)/PA/AAで仕事を回す方がコストが安いので今後NHSは主にACP/PA/AAで回されて、医師の診察を受けたい人はプライベートの病院に行かなくてはならないようになるかもしれないと言われている。

ただし問題点は山積みだ。

まず一番の懸念は安全性だろう。5年間医学を勉強し、2年間の初期研修を終えた医師たちでも間違える。間違いは誰にでもあるが、最低7年間も勉強している医師と、2年しか勉強していないPAが同じSHOのポジションで働くことは果たして適切なのだろうか?

PAは一応、医師の監督下で働くことになっているのだが、それは守られていないことが多い。PAは処方や検査オーダーができないので、病棟や救急科で働く研修医はPAのために処方や検査をオーダーさせられることになる(そしてその処方・オーダー責任は全て研修医が請け負う)。AAは初めから終わりまで一人で麻酔をすることもあるようだ(医師は複数のオペ室を監督する)。

国が特に推進しているのはPAのGP surgeryでの雇用で、現在はなんとPAをGPにする案まで検討されている。医学部を出ていない人を医師にするという前代未聞の政策に医師もACP(医師同様、PAより勉強期間も実践期間も長い)も大激怒しているが、国の政策なのでこのまま実施に至りそうな気がしている。

すでに割と単純な症例での重大な医療事故が複数報告されている。特に有名なのは、若い女性の深部静脈血栓が2度見逃されて死亡に至った例だ。呼吸苦とふくらはぎ痛でGPを受診した女性に、PAは一度目は「Long COVID+アキレス腱痛」という診断をつけ痛み止めで帰宅とした。二度目の受診時には「不安症」という診断でβブロッカーを処方して帰宅とし、その数日後に女性は肺塞栓症で死亡した。呼吸苦+ふくらはぎ痛で肺塞栓症を考慮するのは医学部生でも当たり前の知識だと思うがPAはこれを二度も見逃してしまった。女性は医師の診察を受けたと亡くなるまでずっと思っていたそうだが(メッセージ記録などから)、実は一度も医師の診察を受けていなかった。

PAにはその他医療職が受けるような規制がないので、このPEを見逃したPAは今もどこか別のGPでPAをしているそうだ。

また別の例では、妊娠中の女性が胸のしこりでGP受診した際にPAは「乳腺炎」の診断で「出産後に来院するように」というような助言をし、結局乳がんが見つかった時には全身転移しており女性は乳児を残して亡くなった。GPでは胸のしこりは2WW referral として2週間以内にエコー検査と専門医診察を組まなければならないのだが、PAはそれを知らなかったようだ。

背部痛とPSA検査希望で来院した人にPSA検査をしたはいいものの、上昇しているPSAの意味がわからなかったのか結果説明の予定を組まず、再度患者さんが背部痛で受診した際にも特に説明をせず、専門医へのレファラルも組まず、結局診断がついたのは患者さんがMSCCで救急受診したときだった、というような例もあった。

上記3例は医師が診ていたら予後が変わっていたと思われる。そのため、PAが何をして良い・してはいけないかの規制が整備されるまではGP surgeryでのPA雇用は禁止すべきとの提言をしている団体もあるが今もPAは普通にGP surgeryや病院で働いている。

政府は規制に向けて動き出しているが、政府のリクエストによりPAがGMC(医籍管理する団体)によって管理されることにも医師たちは非常に不満を抱えている。医師とPAの境界の曖昧さが持続するのでは、という懸念からだ。

PAは勉強期間もトレーニング期間も医師より少ないのに1年目のPAはすでに5年目の医師と同等の給与を支給される。医師はトレーニング期間中複数の病院を転々としなくてはならないのに、PAは一つの病院でずっと仕事ができる。このへんの待遇の違いは若手医師が怒っている理由の大きな一部だ。

また外科系だと、PAは処方ができないので、処方ができる外科専門医になりたい後期研修医が病棟に残らされて処方など担当しその間にPAがオペ室でオペの手伝いをするということで、PAが外科後期研修医のアシスタントというよりむしろ手術の機会を奪っているとして大変評判が悪い。PAがオペのアシスタントどころか一人で扁桃摘出中をしていた病院の話も明るみにでて問題になっている。

内科系だと、北部の三次病院で小児科の肝障害について入院受けいれ・電話でアドバイスをするレジストラの立場の仕事にPAが就いていたことが最近では大きなスキャンダルとなった。アシスタントのはずのPAに医師たちはいつの間にか監督される立場になっていたのだ。

ストライキ

政府はついに交渉のテーブルに着いたので10月、11月はストが一旦休止状態だったのだが、政府のオファーがあまりにも馬鹿げているのでJunior Doctor(コンサルタント以下ほぼ全員なので実質Juniorでない医師も含む)は12月と1月に史上最長のストライキを発表した(今日はストライキ1日目で、私は相も変わらず車を修理に出しに行ったー車がいつも故障するのでストのたびに修理に出している)。

Pay Restrationの要求もいまだに通っておらず、英国の研修医事情は先行きが暗い。

Author: しら雲

An expert of the apricot grove

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