潮目が変わったPA事情

PAの情勢に変化が出てきてさらなる明るい兆しが見えはじめた(PAやその他略称について知らない人は、右のコラムにある略称一覧を参照してほしい)。

Anaesthetists UnitedによるGMC訴訟

Anaesthetists United という有志の麻酔科団体がGMCを相手取る訴訟を起こすことを発表し、募金を開始した(Stop misleading patients – Physician Associates cannot replace doctors)。これは英国の医学史史上最も重要な歴史的訴訟になると言われている。

General Medical Council(GMC)は、1983年の医療法に基づき、医師を規制し、資格がないにもかかわらず資格を有するかのように偽っている者から市民を保護する権限を与えられました。しかし、実際には、私たちは医師が密かに「アソシエイト」に置き換えられているのを憂いながら見ています。さらに悪いことに、GMCはこれを積極的に奨励しています。

(Anaesthetists Unitedの上記ウェブサイトより)

医師とPA/AAの境界が故意に曖昧にされていることは法律違反であり、また患者安全というGMC設立の趣旨に反するとして、Anaesthetists Unitedは以下の要求をしている:

  1. PA/AAに認められた「メンバーの特権」について、GMCからの明確かつ強制力のあるガイダンス、すなわちできることとできないこと(職務範囲)および監督のレベルに関する明確な規則を設けること。
  2. 現在の「良い医療実践」ガイダンスを、2つの異なる職業に対して2つの別個のガイダンスに置き換えること。
  3. 2つの異なるグループを誤解を招くように記述する「医療専門家 (medical professionals)」という曖昧な用語の使用を終了すること(現在GMCは、医師とPA/AAを呼ぶのに好んでmedical professionalsという用語を使っている)。

このところのPA制度に対する医師の怒りは相当なものなので、当初目標としていた£15000は開始4時間ほどで達成してしまい、現在は£100,000を目指して募金活動を継続している。この訴訟がインフルエンサーにも取り上げられたため、医師以外にもPAの問題が認知されるようになってきた。

Royal College of Physiciansのトップに退任を迫る署名の提出

RCPとは英国内科医が所属しなければならない3つある学会の一つで、Royal College of Physicians of Londonの別称である。ヘンリー8世が創立したそうで、内科医学会の中で最も古い。その学会の80名以上のメンバー(20人以上の教授と3人の評議員を含む)が合同で、学会員の意見を無視したPAの拡大に懸念を表明し、トップに退任を迫る意見書を提出した。

RCPトップであるSarah Clarke医師はPA拡大に大きく加担している。安くて(というのはレジやコンサルタントをPAで置換するつもりなら、という条件付き;政府はそのつもりでPAを拡大しているのだろう。何度も言うがPAはストレートでトレーニングを受けた5年目の医師より良い労働環境で高い給与をもらっている)経験の少ないPAで医師を置き換えるという政府のプロジェクトを可能にしたのは、彼女をはじめとするRCPトップ層に他ならない。学会員の意見を「声の大きい少数派」「いじめ」として大っぴらに退けることもあったようだ。この不信任意見書提出以前には、1000人以上もの学会員が持ちうる限りの権力を行使してPA拡大を止めるように投票したにもかかわらず、それも一切のアクションが起こされないまま政府のアジェンダに沿う行動がなされてきた経緯がある。

それにうんざりする学会員が声をあげてくれたのは素晴らしい。Royal College of Physicians of Edinburghからは1ヶ月ほど遅い動きだが、それでもないよりは良い。

問題は、不信任の意見書にもかかわらずClarke医師が現在も権力の座に居座っていることである。何か利益相反があるに違いないと言われていて、そのうち何かリーク文書が出てくるかもしれない。この件は方々からリーク文書や匿名・実名での内部告発が出ていて、話題に事欠かない。

一般市民もPAの存在に気がつき始めた

It’s a GP practice thing というとある地域のキャンペーンが大炎上し、一般の人にPAの存在が大きく知れ渡ることとなった。

この画像を見てもらうとわかるのだが、ここではPA (Physician Associate)が Physicianとして紹介されている。Physicianは法的に守られた職業で、医師以外の人が使うことは法律で禁じられているのだが、このキャンペーンポスターを作った人々は知らなかったのだろうか。他にも医師ではない人をheart specialist, cancer specialistとして紹介していて、循環器内科医や腫瘍内科医、腫瘍外科医が激怒しているツイートをいくつもみた。

GPは麻酔科と同じくPAで置換されつつある職業の筆頭なのだが(今年の夏にGPになる現在GPトレーニング3年目の医師のうち、4000人もの医師が就職難にあえぐと言われている)、このポスターには、GPという役割の軽視と非医師の役割の過大評価という昨今のイギリスの雰囲気がにじみ出ている。

このポスターの大炎上に伴って、ニュースにはなっていない「医師に会ったと思ったのにPAだった」ことで不利益を被った患者さんやその家族の経験がポツポツと語られはじめていて、これまでの炎上よりも幅広い層に届いているように思われる。市民には(医師にも)内緒でPA拡大を推し進めてきた政府だが、市民の声が大きくなれば耳を傾けざるを得なくなるーかもしれない。

総選挙

7月の総選挙では保守党が大敗すると言われている。何度かブログで触れているがNHSは保守党が与党になるまでは世界一の組織だったのに、保守党が13年にわたって大幅に予算をカットしたせいで(その目的はアメリカの医療制度をイギリスに導入することだと言われているし保守党もそれを隠さない)、今は息も絶え絶えだ。

(11 charts on the problems facing the NHS)

労働党が与党になれば、NHSの置かれている状況も多少は改善すると思われるし、政府はもう少しPA拡大にかんして慎重な姿勢をとるのではないかと思われる。

ちなみに医師の給与をめぐるストライキに関して、医師のFull pay restrationはしないと労働党党首のスターマーは言っているが、鉄道と同じでストを続けていれば最終的にはFull pay restorationが成功するような気がする。


追記:23/6/24

この記事を書いた翌日に、Sarah Clarke医師の辞任が決まった。当初は「辞任するが9月まで(次のPresidentが決まるまで)は仕事を続行する」という話があったのだが、大変なバックラッシュに遭い結局即日辞任の運びとなった。

その翌日には、RCGP (Royal College of General Practice) がPAの雇用中止を発表した。Scope of practiceが決まるまで、とのことだが、これからScope of Practiceを作るのであればBMAのガイダンスを無視するわけにはいかず、そうなるとPAの存在意義が全くなくなるので(むしろGPの仕事が増える)、GP SurgeryでのPA雇用は実質不可能になったのではないかと思う。

少しずつではあるがイギリスの医療界が正常さを取り戻しつつある。

「プロトコル」が医師と他職種の境界を曖昧にしていると思う

以前とあるナースに「『抗菌薬を止めるタイミングのプロトコル』がないからどうしたらいいかわからない」と言われたことがある。当時私は、「5日、7日、などキリのいいタイミングと患者さんの状況と培養結果などを総合して判断する」と答え、なぜそんな自明なことを聞くんだろうと疑問に思っていた。

しばらくして同じひとに、今度は「他科の依頼で対診した時は何をみているのか。プロトコルがないからわからない。」と聞かれた。また質問に少し困惑しつつ、「まずは対診理由を確認して、患者さんの現在治療中のがんと治療内容と抗がん剤なら最後に抗がん剤治療を受けた日を確認して、それから主訴と現病歴とその他既往歴と入院時の診断をみて、既往が複雑そうなら一応外来カルテも参照して、それからバイタルサインと採血結果と画像検査結果と培養各種結果を確認して、入院後に処方されている抗菌薬や定期薬などを確認して、それから患者さんを診察して考える」と答えた。

この質問に答えながら、もしかしたら私たちは同じ業務をしていても結果に至る過程が違うのかもしれないと思った。SHOレベルの医師が下す「臨床判断」には、最低でも5年の医学部と1年の初期研修の下積みがある。一方で、医学部を出ていないスタッフの「臨床判断」は、かなりプロトコルに依っているところがあるのだと思う。

NHSの病院は院内ガイドラインが充実している。院内イントラネットに接続すると、日常で遭遇するあらゆる疾患を網羅しマネジメントが簡潔に記されたフローチャートやガイドラインが出てくる。こういうのを彼女はプロトコルと呼んでいるのだと思う。

プロトコルの良い点は質の担保だろう。誰がやってもフローチャートの矢印に従ってさえいれば同じ結果に至る。最近、八雲の病院で高血圧女性に経口避妊薬を処方し続けて重大な副作用を合併したとして裁判になった例を読んだが、こういうのはイギリスではまず起こらない。イギリスのGPが経口避妊薬を処方する時にはまずチェックリストにある項目を全て確認され、その後も半年から1年に一回ごとにチェックリストの内容に変更がないか再確認をされる。これは口頭ではなくオンラインの質問表で確認されることもある。この一連の流れが「プロトコル」としてGeneral Practiceでは浸透しているので、経口避妊薬の処方は正直医師がやる必要はないようにも思える。

これと同じことが、プライマリケア(GP)でもセカンダリーケア(病院)でも、あらゆるコモンな疾患に起きているのがイギリスの現状だ。

おそらくこういうプロトコルやフローチャートにより、NHSでは「医師ができることはトレーニングを積んだ〇〇(任意の医療職)でもできる」という認識になっていて、これが医師と他職種の境界を曖昧にしていると思う。

これを突き詰めた結果が、スコットランドでナースが腹腔鏡下胆嚢摘出術をしていたケースだろう(Non-surgeon removed gall bladders at hospital)。外科医が医師でなかった時代の再来である(イギリスでは手先が器用で刃物の扱いに慣れているということで昔は理髪師が手術をしていた。その伝統で今でも外科医はDrではなくMr/Missと呼ばれ、「苦労してDrをやめた」というのが外科医のジョークになっている)。

この考えについて知り合いの医師に話すと、その医師はプロトコル化の弊害を直接経験したひとで、個人的な経験を話してくれた。先生のお父さんがお風呂で意識を失った時に、お母さんがパニックで電話をした先がプロトコル化されたヘルプライン(たぶん111)だったようで、「夫がお風呂場で倒れました!」という高齢の女性に、「唇は青いですか?」と聞きお風呂場まで確認させに行き、「痛み刺激に反応しますか?」(これは一般の人にはもちろんわからないので「どうやって痛み刺激を与えるんですか?」という質問もついてくる) と質問してまたお風呂場まで確認させに行き、これを何度か繰り返した末にやっと救急搬送となったようだ。999に電話していればすぐに搬送となる案件だが、一般のひとでは999に電話するのは敷居が高いのだろう。

最近ニュースになった、虫垂炎からの敗血症で9歳の子どもが亡くなった事件もまた、プロトコル化の弊害とも言えるように思う。111のスタッフがチェックボックスに「間違えて記録」したのが、他のいかにもNHSらしい複数のミスと重なって起こったことで子どもは最終的に死んでしまったのだが、111のスタッフに医学的知識があれば、または999に電話していれば、チェックボックスの記載ミスなくすぐに救急車が必要だと判断された案件だと思う。

⚫︎

医師の就職難はやはり変わらず、この頃はなんと夏から研修医をはじめる予定の英国大卒医学生ですら職がないことが結構話題になっている。医学生に職を与えられていないDenearyが、なんとPA学生には職を与えており、しかもカリキュラムが医師のそれと同等ということで大炎上していたのだが、1ヶ月経った今も状況は変わっていない。

医師の就職難を引き起こしている原因として今一番問題視されているのはPAで、PA雇用拡大にかんする大規模なバックラッシュが起きている。PAと医師の政治的な闘争は日に日に激化しているがこの頃は状況に少し希望がみえはじめたようにも思う。

トレーニング中の外科医の団体ASiTは非医師が手術をすることに反対する声明を出したし、UKの内科医が所属しなくてはならないRoyal CollegeのひとつRoyal Colleges of Physicians Edinburgh もまた、PAの拡大に強く反対する声明を出した。RCPEdinのはかなりパワフルで、PAが医師のトレーニングの機会を奪っていること、医療安全を蔑ろにしていること、などに加えて、Physican’s Associatesという名前をPhysician’s Assistants というかつての呼称に戻すことなども推奨している。PAが医療安全への危機であることに警鐘を鳴らした医師が、PA団体のトップから嫌がらせで警察とGMCに通報されたケース(最終的に無罪と判定されたものの一連のプロセスが非常にストレスフルだったそう。イギリスでは過失がないのに嫌がらせ目的で医師をGMCに通報することはよくある)では、昨日からこの医師がこのPAを訴訟するための募金集めを開始し、1日も経たないうちに目標金額を集めることができた。

BMAはPAができること・できないことについてのガイドラインを作成し、またPAには常に監督する医師がいなくてはならないことや、若手医師はPAを指導しなくて良いこと、PAを雇うコンサルタントは医師賠償保険の保険金納付先にPAを雇っている旨を知らせなくてはならないこと、などを明記した追加のガイダンスも発表した。これを受けて病院単位ではPAのトレーニングや雇用を一律中止するところも出てきた。

メディアにPAが取り上げられることも少しずつ増えてきている。この調子で状況が一転すれば良いのになあと思う。

参考:イギリスでは医学部を出ていなくても誰もが「医師のように」働くことができる↓。手術はもちろん、乳幼児の挿管をするのにも医師である必要はないし、なんならとある病院では2040年にはICUを全て専門看護師だけで運用する話も出ているようだ。ACPやACCPは看護師出身なのでPAとは比べ物にならないほど知識や専門性がある存在で、診療に必要不可欠な存在ではあるのだが、それにしても入試から卒業までずっと大変な学部での勉強や卒後トレーニングや合格するのが大変な卒後も次々とやってくる試験をくぐり抜けてきた医師が就職難で困っている中で、(国の政策で)病院が医師ではなく彼らを優先して採用しているのがなんとも悲しい。

医師の就職難

イギリスでは(ジュニアポジションの)医師の就職難が起こっている。

原因としては、(1) 私のような外国人医師の急激な増加、(2) 医学部定員の大幅な増加、(3) それにも関わらず増えていないトレーニングポジション、(4) 運営コスト削減のための政府肝入りでの「医師と同じ」ポジションで働くCNS(Specialist Nurse)/ACP (Advanced Clinical Practitioner) やPA (Physician’s associates) の台頭、が主である。

私が就活した2年前にも(1)(3)(4)の議論はあったと思うのだが、目を皿にして情報収集していた私にもさほど目につかなかった。状況が変わったのは本当にここ1年のことだと思う。

“No ICU experience required”と仕事の募集要項にかいてあるにも関わらず、ICU experienceがないからと不採用になった医師(麻酔科トレーニングに乗れなかったので代わりにと仕事を探しているFY2の医師)など、この頃Redditには医師の就職難について嘆く若手医師のポストが溢れている。

(3)については私の今年のIMT recruitmentのポストでも言及した。IMT同様に、GPコースも過去最高に倍率が高くなっており、GP不足にも関わらず、GPコースに応募した人のうち6000人以上がGPのトレーニングを開始できなかった(General Practice ST1 Competition Ratios)。

(2)(3)(4)が(1)で増悪しているので、結果として、就職難への嘆きを見る機会が増え(Terrified of Looming Unemployment1000 applications for ONE trust grade post、What are F2s doing next yearRisk of unemployment for doctorsUnemployment f3Anyone else unemployment in their f3?unemploymentPossibility of being unemployed post F2the fear of impending joblessnessOvercoming the fear of becoming unemployment to pursue the locum life.reflections on my future as current F2)、

またIMGへの風当たりが強くなっている(Overseas doctors applying for HST posts without NHS experiencePoorly trained IMGs and inadequacy of PLABWhen did the government start allowing IMGs to apply for specialty training against UK doctors at equal footing?IMG opinion on the current training bottle neckSome numbers: it isn’t PAs that are driving our current competition/recruitment crisis)。

ただ、私自身IMGなのだが、ヘイトに満ちたコメントは別として、全体的に同調できるコメントが多いのが悲しいところだ。イギリスは英語圏で唯一の、本国出身の医師を他国の医学部卒の医師より優遇しない国である。英語が母語で私より英語ができる医師よりも、英語が非母語でもいくらかの業績のある私が高い面接点を得られるのがイギリスだ。

「イギリスの医学部出身者を優先すべき」「イギリスでの勤務経験のない医師がトレーニングプログラムに応募する際にはポストに見合ったイギリスでの勤務経験を要求すべき(ST1なら2年、ST4なら5年、など)」「イギリスでの勤務歴のないIMGはマナーがなってないし病院のルールがわかってない」などは完全に同意できてしまう。語学力が不十分だと感じる医師も前の病院ではまあまあ見かけた。現在の制度が私にいくらか有利に働いていること自体には感謝の念があるが、イギリスの医学部出身の若手医師には同情するし、私が同じ立場ならひどく憤っているに違いないと思う。

(4)のscope-creepについては、最近のもっぱらの火種はPAで、この頃は厚顔無恥な卒業したてのPAたち(TikTokやインスタグラムにたくさん投稿している)の他にも、コーンウォールで上部消化管内視鏡を指導医なしで施行しているPAが炎上していたところだが、医師の就活難によりACPにも飛び火している。ACPの中には処方資格のある人もいて、救急科などでは本当に若手医師と全く区別のない仕事内容で働いていることがあり、そういう存在が医師のnon-training jobやlocumの機会を奪っているとして批判を浴びている。イギリスの医師は今existential crisisに陥っている(What makes a doctor?, Air ambulance without a doctor on board?)。

今後政府の方針ひとつですぐに情勢が変わる可能性はあるが、これが最近のトレンドなので、イギリスでジュニアのポジションから働き始めようと思っている人は一応知っておいた方がいいと思う(ただredditの医師たちの嘆きを見ていると悲しくなるのである程度までに抑えるのが精神衛生に良い)。

仕事を確保するという観点からは、PLABルートではなくMRCPルートで、レジのポジションで仕事を始めることを検討するのが王道という時代が来るかもしれない(とはいえ現在はレジのポジションで働いているPAもたくさんおり、そのルートもかなり厳しくなってくる可能性はあり、本当に先行き不透明である)。

Physician Associates “Noctors”

この記事を書いた時から、医師とPhysician Associates (PA) / Anaesthesia Associates (AA) との対立はさらに深刻さを増している。あまりの理不尽に医学部志望者が減る始末である。このブログにはイギリスで臨床医として働く上で良いことも悪いことも書いているが、今回の話はこれまでに書き散らしたNHSの悪いところを凌駕する内容なので、心して読んでほしい。問題があまりに山積していてどこから書いたら良いかわからないくらいで、読みづらいところもあり申し訳ないが、英国で臨床に従事することを考えている医師には必読の内容だと思う。英国で患者さんになる予定のある人も自分の身を守るためにぜひ読んで欲しい。できるだけツイッターから引っ張ってきた医師たちの証言を載せるようにした。

  1. Physician Associates (PA)とは
    1. 政府の医療コスト削減策
    2. RCGPの見方
  2. PAの現状
    1. Undifferentiated Patientsを診察する危険なPA
    2. 自らを医師と詐称するPA
    3. 不法に処方を行うが罰されないPA
    4. 医師の手技や教育機会や就労機会を奪うPA
    5. False Equivalencyに基づいて能力以上のポジションに就くPA
    6. 規制に向けて
  3. 若手医師の嘆き
  4. まとめ

Physician Associates (PA)とは

英国医学会 (Royal College of Physicians) はPAを以下のように説明している:


PAは、コンサルタントまたはGPの指導のもと、多職種チームの一員として働くhealthcare professionalsで、一次、二次、およびコミュニティケアの環境で患者にケアを提供します。PAは、政府のMedical associate professions(MAPs)グループの一部であり、イギリスで2003年から働いています。

Who are physician associates?

PAは3年制の理系学部を卒業したのちに、2年制のPA修士課程を修了することで得られる資格だ(無資格で働いているPAもいる)。AAはそれの麻酔科に特化した業種の人だちだと思ってほしい。

政府の医療コスト削減策

現在PAやAAが大幅に増えているのは国の政策だ。

NHS Long Term Workforce Plan は、パンデミックからいまだに立ち直れておらずWaiting listが伸び続けるNHSを建て直す策として考案されたもので、そこにはPA/AAの積極的な活用が明記されている。

国が特に推進しているのはPAのGP surgeryでの雇用拡大・AAの麻酔科での雇用拡大で、現在はなんとPAをGPにする案まで検討されている。医学部を出ていない人を医師にするという前代未聞の政策に医師もACP(Advanced Care Practitioner – 看護師出身で特定分野において更なる教育を受けた人たちで、医師同様、PAより勉強期間も実践期間も長く知識もある)も大激怒しているが、国の政策なのでこのまま実施に至りそうな気がしている。

ACP/PA/AAで仕事を回す方がコストが安いので今後NHSは主にACP/PA/AAで回されて、医師の診察を受けたい人はプライベートの病院に行かなくてはならないようになるかもしれないと言われている。歯科医療はその好例で、1990年代には6%だったプライベートの歯科医院は、NHS資金の減少で今や全体の75%にまで膨れ上がっており、金銭的にある程度余裕のある人はプライベートの歯科にかかるようになっている(これは別の記事で触れたのでそちらを参照してほしい)。

RCGPの見方

驚くことに、RCGP(Royal College of General Practitioners);英国GP学会は、PA拡大に賛成しているらしい。RCGPのトップの一人は息子がPAらしく、利益相反もありそうだ。RCGPとは裏腹に、一般のGPたちはPAに反対する声が大きい仕事も奪われているので当然だろうが、RCGPがメンバーである一般のGPたちの総意を反映していないと怒っている。GP不足にも関わらず、PAのせいでGPが仕事にありつけないと嘆いているのがにわかには信じられない。「PAは医師を置換するための存在ではない」という言葉の空虚さをおもう。

PAの現状

現状PAには規制もRegistryもない。

先ほどPAは2年の修士だと説明したが、実は資格がなくてもPAになれるようだ。ちなみにPA課程に入学するのに必要な成績は医学部のそれとは難易度が天と地ほど違うし、修士中の試験と最後に受ける認定試験は誰も落ちない試験で、合格基準は正答率40%以上という試験の意味があるのか謎な代物で、合格率100%だそうだ。これを指摘すると「医師はエリート主義だ」と反論するPAがいるが、難易度の高い試験を(入試から卒業までずっと)くぐり抜け続けた学生が5-6年間かけて医学を学んだ結果と、平凡な学力の学生が誰も落ちない試験を受けて2年間で“医学を学んだ”結果が同じだと本気で信じられる人はどうかしていると思う。

PAは一応、医師の監督下で働くことになっているのだが、それは守られていないことが多い。

Undifferentiated Patientsを診察する危険なPA

すでに割と単純な症例でのPAによる重大な医療事故が複数報告されている。特に有名なのは、若い女性の深部静脈血栓が2度見逃されて死亡に至った例だ。呼吸苦とふくらはぎ痛でGPを受診した女性に、PAは一度目は「Long COVID+アキレス腱痛」という診断をつけ痛み止めで帰宅とした。二度目の受診時には「不安症」という診断でβブロッカーを処方して帰宅とし、その数日後に女性は肺塞栓症で死亡した。呼吸苦+ふくらはぎ痛で肺塞栓症を考慮するのは医学部生でも当たり前の知識だと思うがPAはこれを二度も見逃してしまった。女性は医師の診察を受けたと亡くなるまでずっと思っていたそうだが(メッセージ記録などから)、実は一度も医師の診察を受けていなかった。PAにはその他医療職が受けるような規制がないので、このPEを見逃したPAは今もどこか別のGPでPAをしているそうだ。PAは処方できないはずだが、このような結果になってしまったのは、「医師の監督」がうまく機能していない証拠である。

また別の例では、妊娠中の女性が胸のしこりでGP受診した際にPAは「乳腺炎」の診断で「出産後に来院するように」というような助言をし、結局乳がんが見つかった時には全身転移しており女性は乳児を残して亡くなった。GPでは胸のしこりは2WW referral として2週間以内にエコー検査と専門医診察を組まなければならないのだが、PAはそれを知らなかったようだ。

背部痛とPSA検査希望で来院した人にPSA検査をしたはいいものの、上昇しているPSAの意味がわからなかったのか結果説明の予定を組まず、再度患者さんが背部痛で受診した際にも特に説明をせず、専門医へのレファラルも組まず、結局診断がついたのは患者さんがMSCCで救急受診したときだった、というような例もあった。

上記3例はかなり教科書的なケースなので医師が診ていたら予後が変わっていたと思われる。そのため、PAが何をして良い・してはいけないかの規制が整備されるまではGP surgeryでのPA雇用は禁止すべきとの提言をしている団体もあるが今もPAは普通にGP surgeryや病院で働いている。

腫瘍内科で働いていると、GPは高リスクな仕事だとつくづく思う。背部痛でGP受診する患者さんの95%は本当に大したことない筋骨格系の痛みなのだろうが、私が診るのはいつも5%の残念だった人なので、GPの仕事の難しさを痛感する。患者さんは時にGPを責めるが私は責められない。レッドフラッグは常に明らかなわけではなく、たとえばがんの既往はなく脊椎に骨転移してからsciatica様の症状からprimaryのがんが見つかる人もいる。「週3でジムに通い重いバーベルを持ち上げるのが趣味の元来健康な20歳男性、主訴はバーベルを落としてからの頚部痛」みたいなプレゼンテーションで、当初GPでMSK painと誤診されたと憤る患者さん家族もいたが、この主訴で限られた検査で頸椎のsarcomaを疑える医師がどれだけいるだろうか。

医学部の基礎勉強の上に長い専門トレーニングを積んだGPですら間違うことがあるほどPrimary Careは危険な分野なので、GPの仕事はPAが置き換えられるようなものとは思えないのだが、なぜかPAは自らの診療能力にやたらと自信満々だ。

自らを医師と詐称するPA

PAたちは、「なぜ医師よりPAが良いのか?」をテーマに、「医師よりQOLが高い」「(若手)医師より高級取り」「面倒なローテーションをこなさなくても初めから一つの科で集中してトレーニングを受けられる」といった謳い文句で学生を勧誘している。これはコンサルタントになるために好きでもないローテや夜勤や週末オンコールをservice provisionのためだけにこなしている医師たちからすると非常に侮辱的だ。(PAは勉強期間もトレーニング期間も医師より少ないのに1年目のPAはすでに順調に進んだ5年目の医師と同等の給与を支給される上に、夜勤もon-callもなく業務は9時から17時までだ。医師はトレーニング期間中複数の病院を転々としなくてはならないのに、PAは一つの病院でずっと仕事ができる。ロンドンではロンドン手当が出るのだが、それもPAのロンドン手当は医師のそれより随分と高いらしい。このへんの待遇の違いは若手医師が怒っている理由の大きな一部だ。大変な思いをして医師になりキャリアを積んでいるのに、自分より圧倒的に知識も経験も少ないPAが医師の真似事をしているのは本当に腹立たしい、と若手医師の誰もが思っている。)

医師の真似事というのは比喩ではなく適切な表現で、たとえばこの投稿をみて欲しい:

橈骨動脈を触れる「お医者さんごっこ」をしている写真を嬉々としてSNSに載せてしまうのがPAだ。PAは知識よりもパフォーマンスに重きをおいているようで、こんな調子なのに医師と同等の知識・能力があると言い張るとはなんとも烏滸がましい。(ちなみにこれに“Confirmed positive for palmaris longus”ー“Ah crap, turns out the patient needed an ACL repair and they were checking if they were in the 15% of the population with no palmaris longus, meaning they can’t take a graft. They’re always 4 steps ahead of us! They really are so smart”という冗談がついていた)。

PAは「医師が5年かけて学ぶ医学を、私は2年で修了した、ハードだった」と本気で思っている場合が多い(とSNSで見かけるPAを見ていて感じる)。PAは医師と同等のcompetencyがあると主張することに余念がないが、この過剰な自信は無知からきているのだろうか?

こういうのもあった:

インスタグラムに、「若い患者さんのDNACPRフォームにサインした。なんて感じていいかわからない。」と書いたり、直腸診のために患者さんを夜中に起こすべきか投票を募ったり、PAはノリが医学部2年生だ(日本のポリクリに当たる病院実習はイギリスでは医学部2年生から始まる)、とこの医師はツイートで指摘している。

それなのに、つい最近までPAが医師を騙る・患者さんに紛らわしい自己紹介をすることが日常茶飯事だった。首に聴診器をかけて”Consultant PA””Generalist Practitioners“”One of the ward team”など患者さんが医師と間違えるような自己紹介をする、医師ではないのに医師と名乗る(患者さんにだけではなく、LinkedInなどのオンラインのプロフィールでも)、などの行為に少なくない目撃証言があり、ツイッターで大炎上したので、最近「PAは『私は医師ではない』と患者さんにはっきり伝えよ」というようなガイドラインがPAを統括する団体から出た。

日本と同じように英国でも医師でない人が医師を騙る・またはそのようなふりをするのは医師法違反なのだが、私も実際に勤務先でPAがSHOを名乗るのをみたことがあるし、今も結構医師のふりをしているPAはいるんじゃないかと思う。医師を見下すような発言をしながら(これも実際に何件も目撃されている)そのじつ医師のふりをするという感覚がちょっとよくわからない。ちなみにタイトルのNoctorは Not a doctor の略である。

Physician Associatesという名前それ自体が紛らわしいので、かつての名称であるPhysician Assistantsに戻すべきという話も出ている。医師は大賛成している。

不法に処方を行うが罰されないPA

PAは処方や検査オーダーができないので、病棟や救急科で働く研修医はPAのために処方や検査をオーダーさせられることになる(そしてその処方・オーダー責任は全て研修医が請け負う)。AAは初めから終わりまで一人で麻酔をすることもあるようだ(医師は複数のオペ室を監督する)。PAがオペのアシスタントどころか一人で扁桃摘出中をしていた病院の話も明るみにでて問題になっている(外科医の中でもサービスプロビジョンにしか関心のないコンサルタントがPAに賛成しているが、若手医師は軒並み反対している)。

私が前に勤めていた病院だと、処方には紙カルテが使われていたので、PAが処方希望の薬をカルテに書いて「署名だけくれる?」という形でお願いしてきたり、簡単な病歴と共に「この画像をオーダーしてくれる?」という形でお願いしてきたりしていた。A&Eで患者さんの急変対応をしていたために病棟での処方が遅れた医師に、患者さんのID・処方してほしい薬品名を説教じみたメッセージ(「病棟の薬剤処方は基本だろ」)とともにWhatsappで送ってきたPAがいたと激怒している外科医をツイッターで見たことがあるので、電子カルテだとそういう形で医師に処方依頼するらしい。

最近話題になっているのは、PAが医療麻薬を処方した例である。この病院では4人のPAが医療麻薬を処方し、そのうち1人はPAの試験(誰もが受かる)にすら合格していないPAだったそうだ。不法に医療麻薬を処方することと、ドラッグディーラーとは、何が違うのだろうか?ドラッグディーラーは捕まるのだから、不法に(不法と知りながら)処方したPAだって法の裁きを受けるべきと思うのだが、なぜか「コンピューターの不具合」のせいにされてPAは罰を逃れているようだ。紙カルテにおける処方だと医学生でも看護学生でもやろうと思えばできてしまうのだが、そういう事例がないのは、彼らは処方をしてはいけないことを知っていてかつそれを守ろうとするある種のプロフェッショナリズムがあるからだろう。医療安全に厳しいイギリスにおいて、PAは「あり得ない」存在なのだが、あり得ていてしかも国が積極的に推進しているというのだから、二の句が継げない。

医師の手技や教育機会や就労機会を奪うPA

外科系だと、PAは処方ができないので、処方ができる外科専門医になりたい後期研修医が病棟に残らされて処方など担当しその間にPAがオペ室でオペの手伝いをするということで、PAが外科後期研修医のアシスタントというよりむしろ手術の機会を奪っているとして大変評判が悪い。

内科系でも、医師はオンコールや夜勤でへとへとになるまでこき使われるのに、PAはたくさんの外部トレーニングコースに参加できて自己研鑽の時間があるということに不満の声は大きい。

PAが伝統的にSHOの仕事だったことを奪っているので、全体的にnon-training SHOのポジションが年々減っているとされ、それもまた若手医師の怒りを買っている。(怒りの矛先が「SHOのポジション/トレーニングポジションをさらに奪っている」IMGsに向く人もおり、懸念している)

False Equivalencyに基づいて能力以上のポジションに就くPA

PAがSpRやコンサルタントのロータ(シフト表)にいるのも医師の間では大きな問題となっている。

内科系だと、北部の三次病院で小児の肝障害について入院受けいれ・電話でアドバイスをするレジストラの立場の仕事にPAが就いていたことが最近では大きなスキャンダルとなった。アシスタントのはずのPAに医師たちはいつの間にか監督される立場になっていたのだ。

ちなみに私の前勤務先のA&EではPAがコンサルタントのポジションで働いていたことがあったのを覚えている。

規制に向けて

政府は規制に向けて動き出しているが、政府のリクエストによりPAがGMC(医籍管理する団体)によって管理されることにも医師たちは非常に不満を抱えている。医師とPAの境界の曖昧さが持続するのではという懸念からだ。

GMCは100%医師から搾り取る年会費で成り立っている団体で、政府とは独立の存在のはずなのだが、今回の経過を見ているとどうもそうではなさそうだ。

イギリスはそもそも医療安全に大変厳しい国である。GMCが生まれた経緯も患者安全にあるのだが、そのイギリスがPAを医療者とみなすとは狂気の沙汰としか思えない。それを指摘するとBe Kindと言われて声がかき消される。

このポストは大きな波紋を呼んだ。GMCがPAを規制する第一歩として、Doctorsの文字を消去して、Medical professionalsと記載し、そこにPA/AAを含むことを宣言したからだ。

これまで見てきたように、そもそも医師はPA/AAをmedical professionalとみなしていない上に、英国においてはmedical professionalといえば医師を指す。それにも関わらずGMCは、PA/AAをmedical professionalsとして医師と同じ括りに入れてしまったのだ。医師へのなんたる侮辱だろう。

今やGMCはアンチ医師の団体と医師たちからみなされている。GMC設立の理念である患者安全を蔑ろにしてPAを規制に含むという決定から透けて見えるのは、政府の意向を医師や患者安全より優先する姿勢と、本来は独立して存在しているはずの政府への服従だ。GMCの尋問に遭った医師たちの自殺率の高さを見ても、医師から巻き上げたお金でプライベートの医療保険をスタッフに提供している点でも、GMCはアンチ医師団体と言って差し支えないし、この頃はGMCのいい話は一つも聞かない。反ワクチンの医師を擁護したみたいな事件もあったと思う(きちんと話をフォローしていないので気になる人は調べてほしい、確か反ワクチン医師の裁判費用を負担したとか、反ワクチン医師への捜査依頼を無視したとかだったと思う)。GMCに年会費を支払わないと英国で医療行為ができないので、我々医師には選択肢がないのだが、それでも支払い拒否の余波を恐れず抗議の一環として次のGMC会費は払わないつもりだと言っている医師もちらほらいる。

若手医師の嘆き

医学部の定員増の話が出ているが、問題は医師の数ではなくて、トレーニングポストの数だ。

若手医師は夜勤・オンコールの労働力として重要なので、NHSは若手医師の数を温存するために敢えてトレーニングポストの数を少なくして、能力のある医師がキャリアアップの階段を登れないようにしている、という話を聞いたことがある。まだNHSで働き始めて1年半だが、政府のようすやNHSのあり方を見ていると、さもありなんという感じだ。私のようなIMGsも含めると医師はかなり存在している。問題なのはトレーニングポストの少なさで、トレーニングポストがないためにコンサルタントになれないレジストラやレジストラになれないSHO、GPコースに入れないSHOなどがたくさんいる。

そんなにPAの待遇が魅力的なら医師は辞めてPAとして働けばいいじゃないか、と思われるかもしれないが、実は医師はoverqualifiedでPAにはなれない。医学部に入学したことのある人は(たとえ卒業していなくても)PAのコースには進めない。PAは医師以外の医療職経験者は諸手を広げて歓迎するが、医師はお断りなのだ。

なので、2年のコースを経て勤務開始1年の超若手であっても、PAであればGP surgeryでバイトができるのに、5-6年のコースを経て初期研修2年を終えた状態のSHOではその圧倒的経験と知識の差にも関わらずGP surgeryではバイトができない。(病院でのバイトならSHOもPAもできるのだが、PAの方が時給が高い。)

麻酔科医になりたい若手医師はポジション獲得に非常に苦労しているのに、一方でたった2年の修士課程を経たPAは卒業してすぐから麻酔科のポジションで麻酔科に専念した働き方ができる。あまりの理不尽に言葉を失ってしまう。こんな不条理がまかり通っているのが本当に信じられないので誰か理解できるように説明してほしい。

イギリス政府の的外れっぷりは日本といい勝負で本当に呆れてしまう。

まとめ

これから英国で臨床医として働くつもりなら、PAの動向は注意深く追うのがいいと思う。

それからあなたがこれから英国で患者さんとしてGP surgeryやNHSの病院を受診することがあれば、ぜひドクターの診察を希望してほしい。「ドクターに診てほしい」と言う発言は、若手医師には大変励みとなる言葉で、きっとその若手医師は嬉しくてずっとあなたのことを覚えていると思う。何よりあなた自身のためである。

何かPAの状況にアップデートがあればまた追加しようと思う。

最近の移民政策・ストライキの動向(17ヶ月目)

移民に厳しくなる英国

不法移民をルワンダに送るという国際法違反の驚きの政策を発表してから数ヶ月、ついに政府は合法移民の縮小にも乗り出した。

今月初めに、来年施行される移民法の概要が明らかになった。主な変更は以下の通り:

  • Skilled Worker Visa (Tier2) 申請の最低賃金基準が£38700に上昇
  • 外国人配偶者を英国へ連れてくるには英国在住側のパートナーが単独で£38700の収入を証明しなくてはならない
  • 人手不足の分野リストを撤回
  • ケアワーカーは家族を帯同することができない
  • 学生ビザを一部の大学を優先的に発行
  • 学生の家族帯同に関する制限
  • 医師と看護師は上記ルール変更から除外(家族も帯同できるし給与が基準以下でもビザ申請可)

この£38700というのはイギリス全体の平均年収よりも高く、人口の73%がこの収入に到達しないようだ。ロンドン近郊以外の地域(特に北部イングランド)と若者が特にこの法改正の影響を受けることが指摘されている。新たなルールが施行されると、これから来たい人はもちろんのこと、既に英国在住で家族で生活しているような人でも永住権がなければ次のビザ更新時に国外退去を迫られることになる。ある程度収入がなければ外国人を好きになることもできない時代が到来する。

また個人的に気になっているのは、日英同性カップルが今後置かれうる状況だ。同性カップルの場合は、日本が同性婚を認めておらず配偶者ビザを英国側のパートナーに発給しない関係で、これまで英国に住むしか選択肢がなかったと思うが、今回の法改正でこの選択肢すらも奪われてしまう。

ポスドクの給与も£38700に届かないが、今後UKRIや各大学は移民法改正に合わせてポスドクへの給与を増やすのだろうか?

医師の職種に限っていうと、この変更で個々人が不利益を被ることは特にない。FY1,FY2(医師2年目まで)はこの給与に届かないものの、3年目以降のポジションで渡英する場合にはこの給与より高いし、そもそも医師は給与に関係なくビザが発給されるし従来通り家族も帯同できる。しかしながらこの移民への対応を見ていると、明日は我が身と身につまされる思いで、自らの立場の不安定さを再認識した。

そもそもBrexitを国民が支持した理由の一つに移民の増加が挙げられていたのに、現状英国への移民は過去最高を記録しており(また帯同する配偶者が家庭外で労働していないにも関わらず公共の福利厚生は利用する)そのせいで公共サービスが逼迫している・Housing crisisが起きている、というのが今回の法改正を促進しているようだ。労働党ですら移民が多いと言っているので、まあ本当に国が回らないくらい多いのだとは思うが、NHSの状況も悪化の一途をたどり、移民はかつてない水準まで増え、Brexitの口実としていた事柄をひとつも実現できていないToryの体たらくには呆れてしまう。まったく何のためのBrexitだったんだ。今すぐにでもEUに再加盟してほしい(とはいえフランスも最近イギリスに負けない反移民政策を発表したしオランダもイタリアも極右政府なので今後世界はどんどん内向きになっていきEUみたいな概念は廃れていくのかもしれない)。

ダークユーモアだが気に入っている

競争が激化する医師の研修

IMT(内科基礎研修)応募者が去年より43%増加し今年は倍率が4:1、つまり1つのポストに4人が応募する状況となっている。例年はどれだけ応募書類のポイントが低くても面接で挽回可能だったそうなのだが、今年はポイントが低すぎる人は足切りに合ってしまい、大きな不満の声が上がっている。英国医学部卒の医師たちの中には、自国でトレーニングに就けないのはおかしい、自国民を優先しないのは世界で英国だけだ、IMGsを規制すべきだ、との声もあり、そのうちIMGsも平等に選考する英国の制度が変わってしまうかもしれない。

医師不足が言われて久しいが、IMGsも含めると英国にはたくさんのmiddle-gradeの医師(将来のコンサルタント・GP)がいるので、実際の問題は医師の数ではなくトレーニングポスト数のようだ。十分なトレーニングポストさえ用意すれば毎年より多くの専門医を輩出できるのにもかかわらず、現在国は予算をPhysicians Associates 育成に割いており近々医師のトレーニングポストが増えそうな様子はない。

トレーニングポストから漏れた医師は外国へ行く選択肢のほか、現在私が就いているようなnon-training jobをしたり定職につかずバイト(locum)で生活したりするのだが、今後そういう人たちが増える中で後述のPAがポストを奪ってゆくので行き場のない医師も増えるかもしれない。

Physicians Associates(PA)/ Anaesthesia Associates (AA)

度々ブログに出てくるPAだがこの頃は医師たちとのオンラインでの対立が激化している。PAは元々はPhysician’s Assistantsと呼ばれていた業種で、理系学部を出た後に2年のPA修士を卒業すると資格が得られる(無資格でPAとして働くこともできるようだが基本的には修士課程を卒業しなければならない)。理系学部はなんでもいいので、たとえば植物の研究をする学部にいたような人だと医療系の勉強は2年だけということになる。AAはそれの麻酔科に特化した業種の人だちだと思ってほしい。

国の政策で現在PAやAAが大幅に増えている。ACP(Advanced Care Practitioner – 看護師出身で更なる教育を受けた人たち)/PA/AAで仕事を回す方がコストが安いので今後NHSは主にACP/PA/AAで回されて、医師の診察を受けたい人はプライベートの病院に行かなくてはならないようになるかもしれないと言われている。

ただし問題点は山積みだ。

まず一番の懸念は安全性だろう。5年間医学を勉強し、2年間の初期研修を終えた医師たちでも間違える。間違いは誰にでもあるが、最低7年間も勉強している医師と、2年しか勉強していないPAが同じSHOのポジションで働くことは果たして適切なのだろうか?

PAは一応、医師の監督下で働くことになっているのだが、それは守られていないことが多い。PAは処方や検査オーダーができないので、病棟や救急科で働く研修医はPAのために処方や検査をオーダーさせられることになる(そしてその処方・オーダー責任は全て研修医が請け負う)。AAは初めから終わりまで一人で麻酔をすることもあるようだ(医師は複数のオペ室を監督する)。

国が特に推進しているのはPAのGP surgeryでの雇用で、現在はなんとPAをGPにする案まで検討されている。医学部を出ていない人を医師にするという前代未聞の政策に医師もACP(医師同様、PAより勉強期間も実践期間も長い)も大激怒しているが、国の政策なのでこのまま実施に至りそうな気がしている。

すでに割と単純な症例での重大な医療事故が複数報告されている。特に有名なのは、若い女性の深部静脈血栓が2度見逃されて死亡に至った例だ。呼吸苦とふくらはぎ痛でGPを受診した女性に、PAは一度目は「Long COVID+アキレス腱痛」という診断をつけ痛み止めで帰宅とした。二度目の受診時には「不安症」という診断でβブロッカーを処方して帰宅とし、その数日後に女性は肺塞栓症で死亡した。呼吸苦+ふくらはぎ痛で肺塞栓症を考慮するのは医学部生でも当たり前の知識だと思うがPAはこれを二度も見逃してしまった。女性は医師の診察を受けたと亡くなるまでずっと思っていたそうだが(メッセージ記録などから)、実は一度も医師の診察を受けていなかった。

PAにはその他医療職が受けるような規制がないので、このPEを見逃したPAは今もどこか別のGPでPAをしているそうだ。

また別の例では、妊娠中の女性が胸のしこりでGP受診した際にPAは「乳腺炎」の診断で「出産後に来院するように」というような助言をし、結局乳がんが見つかった時には全身転移しており女性は乳児を残して亡くなった。GPでは胸のしこりは2WW referral として2週間以内にエコー検査と専門医診察を組まなければならないのだが、PAはそれを知らなかったようだ。

背部痛とPSA検査希望で来院した人にPSA検査をしたはいいものの、上昇しているPSAの意味がわからなかったのか結果説明の予定を組まず、再度患者さんが背部痛で受診した際にも特に説明をせず、専門医へのレファラルも組まず、結局診断がついたのは患者さんがMSCCで救急受診したときだった、というような例もあった。

上記3例は医師が診ていたら予後が変わっていたと思われる。そのため、PAが何をして良い・してはいけないかの規制が整備されるまではGP surgeryでのPA雇用は禁止すべきとの提言をしている団体もあるが今もPAは普通にGP surgeryや病院で働いている。

政府は規制に向けて動き出しているが、政府のリクエストによりPAがGMC(医籍管理する団体)によって管理されることにも医師たちは非常に不満を抱えている。医師とPAの境界の曖昧さが持続するのでは、という懸念からだ。

PAは勉強期間もトレーニング期間も医師より少ないのに1年目のPAはすでに5年目の医師と同等の給与を支給される。医師はトレーニング期間中複数の病院を転々としなくてはならないのに、PAは一つの病院でずっと仕事ができる。このへんの待遇の違いは若手医師が怒っている理由の大きな一部だ。

また外科系だと、PAは処方ができないので、処方ができる外科専門医になりたい後期研修医が病棟に残らされて処方など担当しその間にPAがオペ室でオペの手伝いをするということで、PAが外科後期研修医のアシスタントというよりむしろ手術の機会を奪っているとして大変評判が悪い。PAがオペのアシスタントどころか一人で扁桃摘出中をしていた病院の話も明るみにでて問題になっている。

内科系だと、北部の三次病院で小児科の肝障害について入院受けいれ・電話でアドバイスをするレジストラの立場の仕事にPAが就いていたことが最近では大きなスキャンダルとなった。アシスタントのはずのPAに医師たちはいつの間にか監督される立場になっていたのだ。

ストライキ

政府はついに交渉のテーブルに着いたので10月、11月はストが一旦休止状態だったのだが、政府のオファーがあまりにも馬鹿げているのでJunior Doctor(コンサルタント以下ほぼ全員なので実質Juniorでない医師も含む)は12月と1月に史上最長のストライキを発表した(今日はストライキ1日目で、私は相も変わらず車を修理に出しに行ったー車がいつも故障するのでストのたびに修理に出している)。

Pay Restrationの要求もいまだに通っておらず、英国の研修医事情は先行きが暗い。