潮目が変わったPA事情

PAの情勢に変化が出てきてさらなる明るい兆しが見えはじめた(PAやその他略称について知らない人は、右のコラムにある略称一覧を参照してほしい)。

Anaesthetists UnitedによるGMC訴訟

Anaesthetists United という有志の麻酔科団体がGMCを相手取る訴訟を起こすことを発表し、募金を開始した(Stop misleading patients – Physician Associates cannot replace doctors)。これは英国の医学史史上最も重要な歴史的訴訟になると言われている。

General Medical Council(GMC)は、1983年の医療法に基づき、医師を規制し、資格がないにもかかわらず資格を有するかのように偽っている者から市民を保護する権限を与えられました。しかし、実際には、私たちは医師が密かに「アソシエイト」に置き換えられているのを憂いながら見ています。さらに悪いことに、GMCはこれを積極的に奨励しています。

(Anaesthetists Unitedの上記ウェブサイトより)

医師とPA/AAの境界が故意に曖昧にされていることは法律違反であり、また患者安全というGMC設立の趣旨に反するとして、Anaesthetists Unitedは以下の要求をしている:

  1. PA/AAに認められた「メンバーの特権」について、GMCからの明確かつ強制力のあるガイダンス、すなわちできることとできないこと(職務範囲)および監督のレベルに関する明確な規則を設けること。
  2. 現在の「良い医療実践」ガイダンスを、2つの異なる職業に対して2つの別個のガイダンスに置き換えること。
  3. 2つの異なるグループを誤解を招くように記述する「医療専門家 (medical professionals)」という曖昧な用語の使用を終了すること(現在GMCは、医師とPA/AAを呼ぶのに好んでmedical professionalsという用語を使っている)。

このところのPA制度に対する医師の怒りは相当なものなので、当初目標としていた£15000は開始4時間ほどで達成してしまい、現在は£100,000を目指して募金活動を継続している。この訴訟がインフルエンサーにも取り上げられたため、医師以外にもPAの問題が認知されるようになってきた。

Royal College of Physiciansのトップに退任を迫る署名の提出

RCPとは英国内科医が所属しなければならない3つある学会の一つで、Royal College of Physicians of Londonの別称である。ヘンリー8世が創立したそうで、内科医学会の中で最も古い。その学会の80名以上のメンバー(20人以上の教授と3人の評議員を含む)が合同で、学会員の意見を無視したPAの拡大に懸念を表明し、トップに退任を迫る意見書を提出した。

RCPトップであるSarah Clarke医師はPA拡大に大きく加担している。安くて(というのはレジやコンサルタントをPAで置換するつもりなら、という条件付き;政府はそのつもりでPAを拡大しているのだろう。何度も言うがPAはストレートでトレーニングを受けた5年目の医師より良い労働環境で高い給与をもらっている)経験の少ないPAで医師を置き換えるという政府のプロジェクトを可能にしたのは、彼女をはじめとするRCPトップ層に他ならない。学会員の意見を「声の大きい少数派」「いじめ」として大っぴらに退けることもあったようだ。この不信任意見書提出以前には、1000人以上もの学会員が持ちうる限りの権力を行使してPA拡大を止めるように投票したにもかかわらず、それも一切のアクションが起こされないまま政府のアジェンダに沿う行動がなされてきた経緯がある。

それにうんざりする学会員が声をあげてくれたのは素晴らしい。Royal College of Physicians of Edinburghからは1ヶ月ほど遅い動きだが、それでもないよりは良い。

問題は、不信任の意見書にもかかわらずClarke医師が現在も権力の座に居座っていることである。何か利益相反があるに違いないと言われていて、そのうち何かリーク文書が出てくるかもしれない。この件は方々からリーク文書や匿名・実名での内部告発が出ていて、話題に事欠かない。

一般市民もPAの存在に気がつき始めた

It’s a GP practice thing というとある地域のキャンペーンが大炎上し、一般の人にPAの存在が大きく知れ渡ることとなった。

この画像を見てもらうとわかるのだが、ここではPA (Physician Associate)が Physicianとして紹介されている。Physicianは法的に守られた職業で、医師以外の人が使うことは法律で禁じられているのだが、このキャンペーンポスターを作った人々は知らなかったのだろうか。他にも医師ではない人をheart specialist, cancer specialistとして紹介していて、循環器内科医や腫瘍内科医、腫瘍外科医が激怒しているツイートをいくつもみた。

GPは麻酔科と同じくPAで置換されつつある職業の筆頭なのだが(今年の夏にGPになる現在GPトレーニング3年目の医師のうち、4000人もの医師が就職難にあえぐと言われている)、このポスターには、GPという役割の軽視と非医師の役割の過大評価という昨今のイギリスの雰囲気がにじみ出ている。

このポスターの大炎上に伴って、ニュースにはなっていない「医師に会ったと思ったのにPAだった」ことで不利益を被った患者さんやその家族の経験がポツポツと語られはじめていて、これまでの炎上よりも幅広い層に届いているように思われる。市民には(医師にも)内緒でPA拡大を推し進めてきた政府だが、市民の声が大きくなれば耳を傾けざるを得なくなるーかもしれない。

総選挙

7月の総選挙では保守党が大敗すると言われている。何度かブログで触れているがNHSは保守党が与党になるまでは世界一の組織だったのに、保守党が13年にわたって大幅に予算をカットしたせいで(その目的はアメリカの医療制度をイギリスに導入することだと言われているし保守党もそれを隠さない)、今は息も絶え絶えだ。

(11 charts on the problems facing the NHS)

労働党が与党になれば、NHSの置かれている状況も多少は改善すると思われるし、政府はもう少しPA拡大にかんして慎重な姿勢をとるのではないかと思われる。

ちなみに医師の給与をめぐるストライキに関して、医師のFull pay restrationはしないと労働党党首のスターマーは言っているが、鉄道と同じでストを続けていれば最終的にはFull pay restorationが成功するような気がする。


追記:23/6/24

この記事を書いた翌日に、Sarah Clarke医師の辞任が決まった。当初は「辞任するが9月まで(次のPresidentが決まるまで)は仕事を続行する」という話があったのだが、大変なバックラッシュに遭い結局即日辞任の運びとなった。

その翌日には、RCGP (Royal College of General Practice) がPAの雇用中止を発表した。Scope of practiceが決まるまで、とのことだが、これからScope of Practiceを作るのであればBMAのガイダンスを無視するわけにはいかず、そうなるとPAの存在意義が全くなくなるので(むしろGPの仕事が増える)、GP SurgeryでのPA雇用は実質不可能になったのではないかと思う。

少しずつではあるがイギリスの医療界が正常さを取り戻しつつある。

Author: しら雲

An expert of the apricot grove

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